オリーブ・キタリッジの生活 / エリザベス・ストラウト

すごく面白かった。

決して、明るい小説ではない。むしろ、いったいどこに救いがあるのかと思うような苦しい展開。短編集であってそのどれにもオリーブ・キタリッジは登場するが、彼女が主人公なのは半分ぐらいか。最初の物語(夫のヘンリーが主人公)では思春期の息子を持つ中年女性だったオリーブ・キタリッジは、その後人生の常として、どんどん孤独になっていく。ひとり息子の結婚と遠い地への移住、そして親に報告もなしの離婚と再婚。穏やかで優しかった夫ヘンリーの発作と施設入所、看病、そして死。老女としてなんの楽しみもない人生にひとり取り残され、孤独の中で醜くあがきながら、生きる意欲もほとんど失いながら、それでも体裁を保って生きていく様子が、いくつかの短編で時を追って描かれる。

特に胸をえぐられるのは、愛して育てたはずの息子クリストファーが、オリーブの気に入らない女との結婚をきっかけに(としかオリーブには考えられない)変貌してしまうところだ。母親としての自分のあり方を否定され、批判され、疎ましがられる。オリーブの独善ぶりを知る読者からすればそれも無理からぬこと、と思われるのだが、いくら難のある性格だって、オリーブ・キタリッジも人間である。愛する息子の言動に傷ついて心からダラダラと血を流し、それを悟られまいと強がってますますひどいことを言う様子に胸が締め付けられるし、それでも結局は孤独の中で息子の生活を気にかけ、生まれてくる孫に会いたいというオリーブの願いをなんとか叶えてやりたいと思う。そして読み進めながら、ああ、うちのかわいい息子、いまは一点の曇りもない笑顔で私に抱きついてくる3歳の息子も、いつか結婚してクリストファーのように心を閉ざしてしまうのだろうかという思いが胸を去らない。そんなことになったらオリーブがやったように嫁の下着を盗むどころではすまないかもしれない。

ところで、オリーブが秀逸なのは、自分の将来像かもしれないと思わせると同時に、母の姿とも重なるところだ。私はたまたま、オリーブそっくりな難のある性格の母を持ち、彼女との確執は私の人生において結構大きな比重を占めている。実際、うちの母も、結婚を機に私が変わったと思っている節がある。それまでは素直で自分の言うことをよく聞く仲良し母娘だったのに、結婚して変わってしまった、娘は母親の批判ばかりするようになったと。いやいやお母さん、私は結婚前から、むしろ子供時代から、ずーっとあなたとの関係に悩んでいて、結婚して自分の家族をもったことで逃げ場所ができたので、ようやくそれを表面化できたんですよ。それまでは暴君であるあなたから身を守るため、悩んでいることすら隠さなければならなくて、それは安らぎの場であるべき家庭において、子供には結構な苦しみだったのですよ。とそんな風に思うものだから、クリストファーのことはほとんど描かれないのに、彼の変貌の理由はよくわかるし、母親であるオリーブに対する仕打ちも仕方なしと思う。ちなみに我が母も夫に先立たれ(ヘンリーと違って全然仲良くなかったが)、孤独な一人暮らしである。

しかし同時に。同時に、オリーブの苦しみも我が事のように感じさせるところがこの小説のミソであって、ああ、結局、もうこの歳で人間変わることはできないのだから、あとは許容して優しくしてやらなければならないのかなぁ、と思う。オリーブも母も、彼らなりに精一杯生きたし、責任も果たした。その過程で周囲を傷つけたりもしたけれど、誰だって大なり小なりそうやって生きているし、いま老年の彼女らがどうしようもないほどに孤独なのは、彼ら自身の人生の積み重ねの結果なのだ。それを彼女たちは痛いほどわかっていて、それでもプライドが高いので口に出さず、ただ受け止めて、苦しみながら生きている。それで十分ではないか。それは、私自身の未来の姿かもしれないのだ。

最後には救いがあった。オリーブが、もう残された時間の少ないオリーブが、新たな愛を見つけるところ。たとえそれが互いの孤独を癒すためだけの愛だとしても、彼女がそれを取りこぼさず、ちゃんとつかんだことを、もう一度自分を信じて一歩踏み出したことを、本当によかったと思う。

一体全体この小説は誰に向けて描かれたのか。きっと、世の中の、オリーブとオリーブ予備軍と、クリストファーに向けてだ。もしかしたら、ヘンリーの立場の人や、あるいはクリストファーの嫁の立場の人が読んだら、それはそれで身につまされることがあるのかもしれない。

ザラザラした生の愛の詰まった、すばらしい小説だった。

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