「移民サイド」は、移民の気持ちや暮らしを知ってもらうためにはじめました。私は日本で生まれ育った日本人ですが、数年前に家族で米国ベイエリアに移住し、移民(immigrant)として暮らしています。(詳しいプロフィールはこちら)
20年ぐらい前、まだぴっかぴかの女子大生だった頃に、地元(横浜市)の区役所が募集していた「日本で暮らしている外国人の方の話し相手」というボランティアをしたことがあります。大学に入学したばかりだった私は、「英語でボランティアする」というのがとてもかっこよく思えて、また無料で英会話ができることへの期待もあって、意気揚々とボランティア先のお宅にうかがったのでした。
今になってみると、詳細はよく覚えていません。それがどこの国から来た方だったかも、どんな話をしたかも、どんな家族構成だったかも。というか、そのボランティアの経験自体、つい最近まですっかり忘れていました。
ひとつだけはっきりしているのは、私が、一度行っただけでそのボランティアをやめてしまったことです。区役所からは「お相手はとても楽しかった、またぜひ来て欲しいと言っている」と何度か連絡があったのに、私は行きませんでした。
なぜなら、それはピッカピカの女子大生が期待していた、キラキラするようなボランティアではなかったから。彼女の住まいは、急行の止まらない駅からバスで20分もかかるところにある、小さな団地の一部屋でした。狭い部屋の中には洗濯物が干してあって、私と彼女はつたない英語と日本語を使って1時間ぐらい話したけれど、母親で移民である彼女と女子大生になりたての私の間にさして共通の話題があるはずもなく、楽しそうに話しながらも、私は途中で帰るきっかけを探していたのでした。ありていに言えば、片道一時間もかけて通うほどのメリットが感じられなかったので、私はそのボランティアをやめてしまったのです。(ボランティアの本来の趣旨を理解していない、アホ大学生でした。)
あれから15年がたって、予想もしなかったことに自分自身が移民となり、よその国で身寄りもなく暮らすことの苦労を知った時、私はすっかり忘れていたあの経験を思い出しました。そして、心から、あの女性に申し訳なかったな、と思ったのです。
今なら、彼女がどれだけ話し相手を欲していたか、わかります。知らない国で暮らすことの孤独と不安を、我が事として知っています。仲のよい現地の友達がいて、わからないことをあれこれ教えてくれたらどんなに心強く思えるか、よくわかります。
でも、それは私が移民になったからわかるのです。もし私がこの国に来ず、日本で日本人として生活し続けていたら、きっと一生彼女、つまり移民の気持ちはわからず、傲慢なボランティアの記憶も忘れ去ってしまったことでしょう。
日本は豊かで安全な国なので、基本的には移民を受け入れる側の国であり、余所の国に移民として出ていく人はほとんどいません。一方で、人口/労働人口の現象から、移民をかなりの量受け入れることは日本の未来において不可避のようです。すなわち、移民の気持ちはわからないけれど、移民を受け入れて一緒に未来を築いていかなければならない、という状況にいるわけです。
そういった現状を踏まえて、私たち家族が、移民の国と言われる米国で日本人移民として暮らし、またさまざまな移民の姿を目にした経験は、わりと貴重な、もしかして役に立つ経験なのではないかと思うようになりました。
あなたの周りの移民たちは、私と同じような悩みをかかえているかもしれません。彼らに寄り添うために、私の経験が役に立てば幸いです。